「チコちゃんに叱られる」 NHK総合 61815分~ を視て

 

取り上げられた問題の一つは、祝祭日の「祭日」ってなに?

   ――現在はあるの?――   答えは「ない!」。

 

 昭和23年以前は祭日が8日あったが、3月の「春季皇霊祭」や11月の「新嘗祭」という「祭日」は、それぞれ「春分の日」や「勤労感謝の日」として「祝日」にされたという。

  その過程は戦後、憲法20条の政教分離の定めによりGHQから宗教的要素の排除を命令されたのがきっかけ。しかし国民の大半が祝祭日を残してほしいと要望したため、政府のとった妥協策が祭日を祝日と変更して残したとのこと。ここでは以下に述べる対米全面服従ではなく、ささやかではあるが政府の抵抗がうかがわれる。

 

 

森永卓郎氏の著書「なぜ日本だけが成長できないのか」の紹介。

 

  小泉政権のもと、不良債権処理問題などで対米服従路線へ突き進み、ハゲタカ・ファンドの暗躍による日本経済の悪化をもたらした経緯を解説。なかでもエピローグの「対米全面服従の始まり」の項には、1985年のプラザ合意による日本の円高不況は、その前月の御巣鷹山-日航機墜落が要因ではという衝撃的な見解が記されている。

 

 

 御巣鷹山―日航機墜落のニュースは当時、様々な情報操作の可能性をうんぬんされたが、その後青山透子氏の著書「日航123便墜落の新事実」などで詳細に分析されているそうだ。

 

墜落現場の米軍による救援行動が開始される寸前に政府によって中止されたのは何故か? 現場には機体の一部がジェット燃料にはない火炎放射器の燃料で焼却された跡が残っていること、また乗客が窓から撮影した写真の中のオレンジ色の物体は自衛隊の訓練用ミサイルと同色で、このミサイルが誤射し日航機の尾翼を破壊-その証拠隠滅のため火炎放射器が使われた可能性などと驚愕の記述。

  つまるところ、日本政府は日航機墜落事故の処理問題で対米に借りをつくり、プラザ合意―円高不況―日本の対米全面服従のはじまりとなったとの見解は、森友、加計問題で明らかになった情報操作を鑑みれば、重々頷ける。

 

1985年のこの夏、私事ではあるが新しい職場に着任した当日のこと。この日航機墜落のニュースが夕刻から始まり遅くまで退勤できず、テレビにくぎ付けになったことを記憶している。

 

以上、日本を揺るがす大事件の裏側など、この30数年、ち―っとも知らず、チコちゃんに叱られそうな私の反省です。  (201961日 アーチャン)